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No. |
名 称
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保護の主体 |
保護の種別
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面 積
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要 約
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1 |
天 守
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国 |
国宝 |
267.1u |
1593〜94年(文禄2〜3)石川数正・康長父子が築城。五重六階の天守では我が国最古の城郭建築。屋根は本瓦葺、入母屋造り。外壁は各層とも上部大壁塗り白漆喰仕上げ、腰は黒漆塗り下見板張り。軟弱地盤を考慮して天守台には16本の支持柱を埋め込み加重を均等に地面に伝える工夫をしている。 |
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2 |
乾小天守 |
国 |
国宝 |
74.7u |
天守北側に位置し、屋根は本瓦葺、入母屋造り。三重四階で丸太柱が多用されている。外壁は上部大壁塗り白漆喰仕上げ、腰は黒漆塗り下見板張りである。 |
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3 |
渡 櫓 |
国 |
国宝 |
39.6u |
二重二階、本瓦葺。乾小天守と天守を連結している。外壁は上部大壁塗り白漆喰仕上げ、腰は黒漆塗り下見板張りである。 |
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4 |
辰巳附櫓 |
国 |
国宝 |
28.9u |
1634年(寛永11)頃、松平直政により天守に付設された二重二階の入母屋造り、本瓦葺。外壁は上部大壁塗り白漆喰仕上げ、腰は黒漆塗り下見板張りである。 |
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5 |
月 見 櫓 |
国 |
国宝 |
35.5u |
辰己附櫓とともに付設された観月楼。一重地下一階付。寄せ棟造り、本瓦葺。外壁は大壁塗り白漆喰仕上げ。三方取り払い可能な舞良戸を配し、天井は船底天井、朱の刎高欄を廻している。 |
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6 |
黒門枡形 |
国(予定) |
登録有形文化財
(予定)
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758.94u |
本丸防衛の要であり一の門は昭和35年に復興され、二の門と袖塀は平成2年に復元された。 |
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7 |
太鼓門枡形 |
国(予定) |
登録有形文化財
(予定)
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771.19u |
1594年(文禄3)頃築かれた。二の丸への正門。門台北石垣上に太鼓楼が置かれ、時刻や登城の合図等の発信源として重要な役割を果たした。平成8年から3年をかけて、平成11年に復元された。 |
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8 |
本丸御殿跡 |
国 |
史 跡 |
18,307.00u |
御殿は天守の完成後の建造で、城主の居所と政庁を兼ねた政治の中枢部であった。1727年(享保12年)に焼失後は再建されなかった。現在は瓦で遺構の範囲を示している。 |
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9 |
二の丸御殿跡 |
国 |
史 跡 |
29,827.18u |
本丸御殿焼失後、藩の政庁が二の丸御殿に移され、幕末まで藩政の中枢機関であった。昭和54年から6年間発掘調査され、史跡公園として整備され平面復元された。 |
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10 |
内 堀 |
国 |
史 跡 |
26,923.58u |
松本城の堀はすべて湧水で満たされた水堀で、本丸に近い方から内堀、外堀、総堀の三重になっており、内堀の広い所は60mの幅があり、当時の火縄銃の有効射程距離を考えて造られた。堀は片薬研堀という方法で掘られ天守の方は浅く、外側は深くなっていて、深い所は3m以上あった。総堀の両側には防衛上の先のとがった杭列(全国で2例目)が発見された。 |
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11 |
外 堀 |
国 |
史 跡 |
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12 |
総堀の一部 |
国 |
史 跡 |
7,965.83u |
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13 |
西総堀土塁跡 |
国 |
史 跡 |
679.48u |
松本城築城時の残存土塁で、武家屋敷跡や土塁堀裾部に敵の侵入を防ぐ防護用の杭列が(全国2例目)発見された。 (平成19年2月史跡予定) |