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(2) 松本城の資産に含まれる文化財

@ 整理表

A 構成要素ごとの位置図

参考「享保十三年(1782)秋改松本城下絵図」による城郭と城下町の復元図

構成要素ごとの写真(番号は整理表に一致)

@ 整理表

No.
名 称
保護の主体
保護の種別
面 積
要 約
1
天   守
国宝
267.1u
 1593〜94年(文禄2〜3)石川数正・康長父子が築城。五重六階の天守では我が国最古の城郭建築。屋根は本瓦葺、入母屋造り。外壁は各層とも上部大壁塗り白漆喰仕上げ、腰は黒漆塗り下見板張り。軟弱地盤を考慮して天守台には16本の支持柱を埋め込み加重を均等に地面に伝える工夫をしている。
2
乾小天守
国宝
74.7u
 天守北側に位置し、屋根は本瓦葺、入母屋造り。三重四階で丸太柱が多用されている。外壁は上部大壁塗り白漆喰仕上げ、腰は黒漆塗り下見板張りである。
3
渡   櫓
国宝
39.6u
 二重二階、本瓦葺。乾小天守と天守を連結している。外壁は上部大壁塗り白漆喰仕上げ、腰は黒漆塗り下見板張りである。
4
辰巳附櫓
国宝
28.9u
 1634年(寛永11)頃、松平直政により天守に付設された二重二階の入母屋造り、本瓦葺。外壁は上部大壁塗り白漆喰仕上げ、腰は黒漆塗り下見板張りである。
5
月 見 櫓
国宝
35.5u
 辰己附櫓とともに付設された観月楼。一重地下一階付。寄せ棟造り、本瓦葺。外壁は大壁塗り白漆喰仕上げ。三方取り払い可能な舞良戸を配し、天井は船底天井、朱の刎高欄を廻している。
6
黒門枡形
国(予定)
登録有形文化財
(予定)
758.94u
 本丸防衛の要であり一の門は昭和35年に復興され、二の門と袖塀は平成2年に復元された。
7
太鼓門枡形
国(予定)
登録有形文化財
(予定)
771.19u
 1594年(文禄3)頃築かれた。二の丸への正門。門台北石垣上に太鼓楼が置かれ、時刻や登城の合図等の発信源として重要な役割を果たした。平成8年から3年をかけて、平成11年に復元された。
8
本丸御殿跡
史 跡
18,307.00u
 御殿は天守の完成後の建造で、城主の居所と政庁を兼ねた政治の中枢部であった。1727年(享保12年)に焼失後は再建されなかった。現在は瓦で遺構の範囲を示している。
9
二の丸御殿跡
史 跡
29,827.18u
 本丸御殿焼失後、藩の政庁が二の丸御殿に移され、幕末まで藩政の中枢機関であった。昭和54年から6年間発掘調査され、史跡公園として整備され平面復元された。
10
内   堀
史 跡
26,923.58u
 松本城の堀はすべて湧水で満たされた水堀で、本丸に近い方から内堀、外堀、総堀の三重になっており、内堀の広い所は60mの幅があり、当時の火縄銃の有効射程距離を考えて造られた。堀は片薬研堀という方法で掘られ天守の方は浅く、外側は深くなっていて、深い所は3m以上あった。総堀の両側には防衛上の先のとがった杭列(全国で2例目)が発見された。
11
外   堀
史 跡
12
総堀の一部
史 跡
7,965.83u
13
西総堀土塁跡
史 跡
679.48u
 松本城築城時の残存土塁で、武家屋敷跡や土塁堀裾部に敵の侵入を防ぐ防護用の杭列が(全国2例目)発見された。 (平成19年2月史跡予定)

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A 構成要素ごとの位置図

構成要素ごとの位置図
構成要素ごとの位置図

構成要素ごとの位置図

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参考「享保十三年(1782)秋改松本城下絵図」による城郭と城下町の復元図

参考「享保十三年(1782)秋改松本城下絵図」による城郭と城下町の復元図
参考「享保十三年(1782)秋改松本城下絵図」による城郭と城下町の復元図

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構成要素ごとの写真(番号は整理表に一致)

1 天守
2 乾小天守
3 渡   櫓

2 乾小天守

3 渡   櫓

4 辰巳附櫓
5 月 見 櫓
1 天守

4 辰巳附櫓

5 月 見 櫓

6 黒門枡形
7 太鼓門枡形
6 黒門枡形
7 太鼓門枡形
8 本丸御殿跡
9 二の丸御殿跡
10 内   堀
8 本丸御殿跡
9 二の丸御殿跡
10 内   堀
11 外   堀
12 総堀の一部
13 西総堀土塁跡
11 外   堀
12 総堀の一部
13 西総堀土塁跡

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